日本ASEAN関係基本資料データベース

東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻 山影進研究室

 

 

 [文書名] 日本・ASEAN首脳会議における竹下内閣総理大臣冒頭発言「日本とASEAN−平和と繁栄へのニュー・パートナーシップ」

[場所] マニラ

[年月日] 1987年12月15日

 

 

議長、並びにASEAN各国首脳の皆様、

 

私は、総理大臣としての最初の海外訪問の機会に、ASEAN各国の卓越した指導者の皆様とこうして一堂に会する光栄に浴しました。私にとってこの上もない喜びであります。

 

私は先ず、ASEAN創設20周年と今回のASEAN首脳会議の成功を心からお祝いしたいと存じます。同会議で合意されたマニラ宣言に示されている地域協力強化への新たな指針は、今後のASEAN地域協力を飛躍的に発展させる原動力となるものと確信します。

 

議長、

 

私の政治家としての経歴は、郷土の青年団の指導者として始まりました。私の東南アジアとの結びつきも、日本の青年海外協力隊の創設に先立ち、日本青年の海外活動の調査のため自民党代表団長として1961年に東南アジアを訪問したことが端緒であります。ここに同席しております宇野外務大臣も、その時の団員の一人でありました。以来、私は、幾たびかASEAN諸国を訪問する機会に恵まれましたが、その都度強い感銘を受けましたのは、開発途上国の模範とも言うべき各国の目覚ましい発展ぶりであります。そして今日、ASEANは、アジア・太平洋地域で最も活力のあふれる国家の連合体として世界の注目を集めております。このような発展は、ASEAN各国がさまざまな困難を克服して、地域協力につとめてこられた成果であり、かかる協力を可能にしたASEAN協調の精神は、多様性の中に調和とコンセンサスを重んじるアジアの伝統的精神文化に基づくものでありましょう。私は、そのような文化を共有するアジア人の一人として、ASEANの成功に大きな誇りを覚えるものであります。

 

(日本・ASEAN関係の発展)

 

議長、

 

私は、我が国の対外関係の基本として、軍事大国への道を歩まず、その持てる限りの力を尽して、世界の平和と繁栄のために貢献してゆくという方針を、これまでと変わることなく堅持してまいります。これは、先の大戦という不幸な出来事に対する我が国の国民一人一人の厳しい反省に基づくものであり、特に我が国とASEAN諸国との関係において、中心に据えられるべきものであります。

 

我が国は、かかる立場から、ASEAN諸国との友好協力関係の強化発展をもって、外交政策の主要な柱の一つとしてまいりました。10年前の第2回ASEAN首脳会議の機会に、当時の我が国の福田総理大臣は、ASEAN諸国を訪問し、このマニラの地で、心と心のふれあいを通じてASEAN諸国との関係を強化するという我が国の基本的な考え方を明らかにしましたが、これは現在も我が国のASEAN諸国への施策の基礎となっております。

 

幸い、ASEAN諸国も我が国との関係を重視されてきており、双方の努力により我が国と各ASEAN加盟国との間に、良好な友好・協力関係が築かれていることは喜ばしい限りであります。

 

日本・ASEAN双方の側における熱意と努力の結果、今日、我が国にとってASEANは、米国、ECに次ぐ第3位の貿易のパートナーとなり、ASEANから見て我が国は、最大の貿易相手国となりました。また我が国は、すべてのASEAN加盟国において一、二を争う投資国であります。政治面でも、日本とASEANは、カンボディア問題を初めとする地域の諸問題に対処する上において、緊密な協調を進めております。こうして今や、日本とASEANの協力関係は、アジア・太平洋地域、ひいては世界のダイナミックな成長と政治的安定にとって不可欠なものとなったと言えます。

 

(日本・ASEANの新たなパートナーシップを求めて)

 

議長、

 

現在我が国は、その経済構造を国際協調型のものとするとともに、国民生活の多くの分野において国際社会との調和をはかるなど、その増大した国際的責任を果たすべく、一層の努力を積み重ねつつあります。他方、ASEANも、発足当初の主として第一次産業に依存した国々の集まりから大きく脱皮し、高度技術産業から農業まで幅広い経済分野を抱え、更なる発展を目指して、国際社会との交流拡大に努めておられます。このような背景の下では、日本とASEANの間にこれまでより一歩進んだ新たな補完関係が必要でありましょう。そして、それはすでに育ちつつあります。双方が相協力して、こうした新しいパートナーシップを更に深化、拡大してゆくことこそ、日本・ASEAN間の新時代の連帯を真に実り豊かなものへと高める所似ではないでしょうか。

 

私はここに、日本とASEANが新世紀に向けて新しいパートナーシップを築いてゆくため我が国としてとるべき経済、政治、文化面の基本政策を明らかにしたいと存じます。

 

((1)経済的強靭性の増大に向けての協力)

 

先ず経済面について申し上げます。

 

私は、我が国が、ASEAN各国の発展と国際環境の変化に伴って変わりゆく各国のニーズに適切に対応した協力を進めるべきだと考えます。

 

近年開発途上国の経済は、一次産品の需要と価格の低迷、国際通貨情勢の急速な変動等、激しい変化の嵐に見舞われております。ASEAN各国は、このような経済困難を、各国経済の効率化、経済構造の多様化、輸出能力の拡大等を通じる経済的強靭性の増大によって克服すべく、特に、外国からの投資の促進を含む民間産業部門の強化に力を注いでおられます。

 

我が国は、ASEAN各国のこのような努力に対し、民間の活力を十分に活かしつつ可能な限り協力する用意があり、私は、マニラ宣言に対する我が国の積極的対応を示すものとして具体的には、次のような措置をとる考えであります。

 

先ず、ASEAN各国の民間部門の発展、及び域内協力推進のため、今後3年間に、通常の二国間資金協力に追加して20億ドルを下回らない額の「ASEAN日本開発ファンド」の供与を行うこととします。このため、我が国としては、現在実施中の資金還流措置等を通じて、我が国官民の一般アンタイドの資金を活用する方針であります。

 

この資金協力の対象は、工業分野の民間企業を中心とし、協力の方法については、これまでのASEAN諸国との密接な協議を踏まえ、次のように各国のニーズに適合した柔軟なものとして参ります。すなわち、第1に、官民資金による投資基金を我が国に設け、ASEAN諸国への直接投資を促進するための措置を講じます。第2に、一般アンタイドの円借款及び日本輸出入銀行資金を用いて主として各国の開発金融機関を通じる融資を行うという形の、いわゆるツー・ステップ・ローンを供与します。なお、この協力の下での借款の条件についてはASEAN諸国の御要望に配慮し通常よりも優遇してまいります。また、この協力を進めるに当っては、例えばASEAN工業合弁事業等、ASEANの域内協力事業の促進に貢献することを充分に配慮してまいります。

 

他方、私はASEAN各国の経済の更なる発展のためにも、また我が国の経済構造の国際化を進めるためにも、我が国市場アクセスの一層の改善を進める所存であります。我が国は、既に現行のアクション・プログラムにおいてASEANの希望に重点的に配慮した措置を取ってきました。鉱工業品の特恵関税制度についても、本年4月に抜本的改善を行ったところであります。我が国は、同制度がASEAN製品の輸入促進のために果たしている重要な役割にも鑑み、2年連続して明年度においても特恵シーリング枠の拡大を行う方針であります。また、我が国は、ASEAN貿易投資観光促進センターが果たしている役割を極めて高く評価し、その明年度の事業予算が、従来の約200万ドルから、その約2倍に増額されるよう、我が国の拠出の増加を検討する方針であります。

 

我が国は、国際経済上の諸懸案に対処するに当たり、引き続きASEAN各国との協調関係を重視してゆく考えであります。特に、国際経済を脅かしている保護主義に対しては、双方が一致して対処することが肝要であり、我が国は、ウルグァイ・ラウンドにおいても、ASEAN各国と一層の協調を進めるとともに、交渉におけるASEANの関心に十分な配慮を払ってまいります。

 

((2)政治的協調の推進)

 

次に、政治面について申し上げます。

 

私は、我が国が、ASEANとの間で、世界、とりわけアジアの平和と繁栄に大きなかかわりを有する国際政治問題についての、その協力を一層強化すべきだと考えます。

 

カンボディア問題は、その発生以来、既に9年を経過しましたが、依然未解決であります。このため、東南アジアの平和と発展が阻害され、カンボディア人及び近隣の多くの人々の苦しみが続いていることは極めて遺憾であります。

 

我が国は、この問題の包括的政治解決を目指し、ヴィエトナムとの政治対話をはじめ関係国への働きかけ等に努力してまいりました。また、これまでのASEAN諸国の和平努力を高く評価しており、引き続きこれを支援してまいりたいと考えています。

 

今後の政治解決の過程の中で特に配慮すべきは、ヴィエトナム軍の撤退とカンボディア人の民族自決により真の中立且つ独立のカンボディアを実現すること、更に、関係国、特にタイの安全保障を確保することであります。我が国としてもかかる要請を満たす包括的政治解決が早期に達成されるよう、ASEAN諸国とも密接に連絡しつつ、積極的役割を果たしていく所存であります。

 

最近、シハヌーク殿下の真摯な発意によりカンボディア人同士の対話が実現したことは、政治解決への第一歩であり、私はこれを歓迎するものであります。我が国は、今後、シハヌーク殿下を中心とする対話の動きが更に進展しヴィエトナムの積極的対応を得て具体的な和平のプロセスに結びつくことを願い、古い友人である同殿下の努力を出来るだけ支援して参る所存であります。また、関係国のみならず、国際社会全体がカンボディアの人々の痛みを分かちあい、シハヌーク殿下を積極的に支持していくことを願って止みません。なお、アジアを含め世界の平和にとって最も大きな影響を及ぼすのは、米ソ関係の動向であります。私は、今般の米ソ首脳会談において、INF条約が署名され、我が国の念願であったアジアも含めたグローバルなINFの全廃が実現する運びとなったことを心から歓迎するものであります。東西間には解決すべき諸問題が依然として存在しておりますが、我が国としては、安定的な東西関係の構築が達成されるよう、米国の外交努力を強く支援していくとともに、平和と軍縮に向け積極的貢献を強化して行く決意であります。

 

((3)文化・人物面の交流の促進)

 

議長、

 

文化・人物面の交流は、経済・政治面の交流と相俟って車の両輪をなすものであり、日本・ASEAN間の相互理解と相互信頼の関係を築く上で極めて重要であります。

 

かかる観点から、先般、我が国は、東南アジア大型文化ミッションをASEAN各国に派遣いたしました。私は、同ミッションの帰国後の報告と提言に基づき、ASEAN6カ国と我が国との7カ国が、それぞれに特色を持つ優れた伝統や文化を尊重しあいながら、多様な分野の交流を推進して行くことを目指す「日本・アセアン総合交流計画」を提唱したいと思います。

 

具体的内容については、お配りした資料を御覧いただきたいと存じますが、私の基本的な考え方は、次のとおりであります。

 

先ず、私は、日本・ASEAN間の交流は一方通行ではなく、両面通行であるべきだと思います。この見地から私は、ASEAN各国の文化の我が国への紹介等を目的とするセンターの設置、及びASEANの文化人、知識人の我が国への招聘等、新たな施策を検討いたします。

 

また、私は、相互交流の幅を広げ、かつ深めるべきだと考えます。このため、私は、学術交流をはじめ、各種のスポーツ等の芸術の分野で、相互交流を格段に増大させることに力を尽します。また1984年から5カ年計画で実施されている「21世紀のための友情計画」は、1989年以降もその内容を一層充実したものとし、引き続き5ヵ年にわたり4、000人のASEANの青年を日本に招聘いたします。

 

更に私は、ASEAN各国の人々の日本理解を深めるとともに、域内の人々の相互理解を促進することにも協力すべきだと思います。私は、日本語学習への協力を強化し、留学生の受入れの量的拡大と質的充実をはかると共に、ASEAN諸国における地域研究、及び域内各国相互間の学術・研究協力及び技術交流に対し、可能な限りの支援を行ってゆく所存であります。

 

私は、「ふるさと創生」ということを自らの政策の基本といたしております。日本語の「ふるさと」という言葉は、人間が自分のアイデンティティを感ずる土地という意味であり、英語では、その人の「ホーム」と訳されるようなまさに一家団欒家庭のぬくもりを意味する言葉です。私の唱える「ふるさと創生」とは、日本人一人一人が自らの国を「ふるさと」と感じることができるような、充実した生活と活動の基盤を作り、物質的に豊かなばかりでなく、精神的にも豊かで、また、一層開かれた国造りを目指して、世界の期待に応えていくことにほかなりません。これは、ここにお集まりのASEAN諸国の指導者の皆様の国造りの目標とも共通するのではないでしょうか。私は、日本のASEAN諸国に対する協力が、各国のかかる目標に向けての努力に貢献するようなものとなることを心から願うものであります。

 

(私の3つの心構え)

 

議長、

 

我が国は、ますます増大する国際的責任を十分認識しつつ、21世紀に向けて世界と共に繁栄する社会を目指し、大胆な内外政策を展開すべき時にきております。中でも、ASEANに対する協力はその最も重要な柱の一つであり、私は、日本の新総理としてその積極的かつ誠実な推進を明確にお約束いたします。

 

その際、私は、次の3つの心構えで臨みたいと考えます。

 

第1は、常に相手に対する友情を基本とするこということであります。私はASEANの人々との友好的なつながりを片時もおろそかにすることなく、如何なる国際的、あるいは国内的問題に対処するに当たっても、ASEANの人々の希望に謙虚に耳を傾け、これに十分配慮することを信条としてまいります。

 

第2は、日本とASEAN双方の民間や地方のイニシアティブを尊重していくことであります。既に、経済・文化等多くの分野でいわゆる「草の根レベル」の自発的な交流への動きが育ってきております。私は、このような動きを、新しい発展の活力を生み出すものとして尊重し、かつ支援してまいります。

 

私の心構えの第3は、日本とASEANの間で世界に開かれ、世界に貢献する関係を維持し、発展させるようつとめることであります。我々は、地理的、歴史的に密接に結ばれた、いわば「自然の盟友」でありますが、アジア・太平洋地域にとどまらず世界的規模で相互依存関係が進んでいる今日において、双方の関係は決して排他的なものであってはならなず、共に協力して世界の平和と繁栄に寄与すべきものと信じます。

 

なお私は、明年1月訪米し、レーガン大統領とも会談する予定ですが、その際にも本日のASEAN各国首脳の皆様との話し合いの内容を十分反映させていきたいと考えます。

 

(結び)

 

議長、

 

今日におけるアジアの目覚ましい興隆は、歴史上特筆すべきことであります。我々は、この機を逃してはなりません。いまや、我が国とASEANの協力と双方の発展こそ、アジア繁栄の要であります。我々は、アジアと世界の未来に対して大きな責任を有していると言わなければなりません。共に手を携え、日本・ASEANの新しいパートナーシップへの力強い歩みを始めようではありませんか。

 

親愛なる指導者の皆様の御理解と御協力をお願いし、今後の一層の御発展を祈って、私の発言を終ります。

 

ありがとうございました。

 

 

{(1)、(2)、(3)は原文ではマル1、マル2、マル3}