コンピュータの中の人工社会


 『コンピュータのなかの人工社会』(共立出版、259ページ、4200円)が服部正太さんとの共編で出ました。大学院の授業の一環として行われていた実験・実習(学部学生向けの授業としては演習)の成果の一部です。何年か前から、田中明彦先生や服部正太さんなどと行っていた共同研究プロジェクトと密接に関係しています。参加者の熱意と投入してくれたエネルギーに応えようと思い、出版を企画した次第です。と同時に、ごく少数のマニア向けではなく、社会科学に関心のある多くの人たちに、マルチエージェント・シミュレーションの面白さと、この方法が持っている大きな可能性とを紹介しようと試みたつもりです。
 タイトルについては、あまり深く考えないでください。コンピュータのなかに自然な社会はあるのですか? 社会とは、そもそも自然物なのですか、それとも人工物なのですか? 一言で答えるには苦労します。このような問いは、実は、社会とは何か、自然とは何か、人工物とは何か、といった本質的な問いに対する答え方によって答えが変わってくる類のものだからです。人工社会(Artificial Society)だけで十分ではないか、といった意見もあったのですが、人工社会はコンピュータの外にもあり得るというので、パソコンを使ったマルチエージェント・シミュレーションという意味をはっきり示すために「コンピュータのなかの人工社会」というやや生硬なタイトルにしてみました。
 今後の課題は、マルチエージェント・シミュレーションの裾野を広げること、そして研究のツールのひとつとしての市民権を得ることです。近い将来、この方法を用いた修士論文や博士論文が出てくることを夢見ています。



◆ 短評 ◆

 

「わたしにもコンピューターシミュレーションができるかも!」と思ってしまったわたしは、みごとにこの本の甘く危険なワナに陥ってしまったらしい。
 いわゆる「文系」の社会科学研究者の多くにとって、これまで、コンピューターを使ったシミュレーションというのは、鬼門であったと言っても過言ではない。コンピューター言語を習得し、難しい数式だらけのマニュアルを読まなければならない。研究計画を立ててから実行するまでに時間と労力がかかりすぎて、自力でやりとげたと思ったら、浦島太郎よろしく引退の時期になってしまうんじゃないかしら、などと考えると、うかつに手出しできないシロモノだった。かくいうわたしも、数式にアレルギーがあるというほどではないものの、「自分にはムリだな」と、最初から研究方法の選択肢から外してしまっていた。
 しかし、この本はそんなわたしを誘惑するに十分な魅力を振りまいている。シミュレーションの過程で現れる画面がカラフルに示され、思いっきり興味を惹く。「見ているだけでも楽しい」学術書など、そうあるものではない。しかもCD-ROM付きだから、自分のパソコンで追体験までできる。
 楽しい画面を見るだけでなく、このCD-ROMのおかげで、シミュレーションの「舞台裏」がしっかりと確認できる。第1章と補章を読んでみると、MASというやつは「シミュレーター」としてイメージしていたものよりも格段に扱いやすそうだ。で、「舞台裏」を確認しつつ本書を読み進んでいくと、「わたしにもできるかも!」となっちゃうのだ。
 各章で実践されている個々のシミュレーションも実に興味深い。マルの色が変わることや、赤い点が動くことが、どんな社会的な現象を再現しているか(どんな社会的な現象を再現させるためにマルの色を変えたり、赤い点を動かしているか)が丁寧に解説されていて、同じ現象を「上から(つまり神様の視点で)」見ることの意義がヒシヒシと伝わってくる。しょっぱなに「どろけい」モデルを持ってきているところも作戦なのだろう。まずは(シミュレーション向けに)視点を変えて現象を見つめる、ということが卑近な例で把握できる。
 どうやらこの本、ずいぶん売れているらしい。わたしのように、ハマりつつある人々があちこちに出現中ということか。


  東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム
                 助手 岡田晃枝氏



◆ 目次 ◆


 第1部  社会の新しい見方と人工社会の構築
 第1章  社会への新しい接近法――
        マルチエージェントシミュレーションへの誘い
 第2章  「どろけい」ゲーム――
        単純な対抗関係から複雑な分業へ
 第3章  テレビ視聴者の行動――
        実データに適合するエージェントベースモデリングの試み

 第2部  生態系と進化プロセス
 第4章  アリの本質――
        繁殖と進化の単純なモデル
 第5章  オオカミとヒツジ――
        捕食・被食系における群行動の重要性
 第6章  社会ゲームと進化――
        繰り返し「囚人のジレンマ」と適応的戦略
 
 第3部  ミクロな行動が創り出す秩序
 第7章  地域社会の住み分け――
        異文化接触と分居プロセス
 第8章  来園者に優しいテーマパーク――
        混雑緩和問題と情報の共有
 第9章  社会契約の論理と帰結――
        セキュリテリアンとエガリテリアンの世界

 第4部  国際社会のダイナミズム
 第10章  戦争と同盟の国際社会――
        勢力均衡か世界帝国か
 第11章  国民の統合と分裂――
        重層的文化と政治的アイデンティティの消長
 第12章  国際環境レジームの形成――
        望ましい排出権取引方法の模索
 第13章  国際通信レジームと交渉――
        料金決定をめぐる事業者間の競争と合意

 補章   マルチエージェントシミュレータとしてのMAS

 関連図書
 索引



山影進・服部正太編『コンピュータの中の人工社会』(共立出版)

2005430日更新


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