「わたしにもコンピューターシミュレーションができるかも!」と思ってしまったわたしは、みごとにこの本の甘く危険なワナに陥ってしまったらしい。
いわゆる「文系」の社会科学研究者の多くにとって、これまで、コンピューターを使ったシミュレーションというのは、鬼門であったと言っても過言ではない。コンピューター言語を習得し、難しい数式だらけのマニュアルを読まなければならない。研究計画を立ててから実行するまでに時間と労力がかかりすぎて、自力でやりとげたと思ったら、浦島太郎よろしく引退の時期になってしまうんじゃないかしら、などと考えると、うかつに手出しできないシロモノだった。かくいうわたしも、数式にアレルギーがあるというほどではないものの、「自分にはムリだな」と、最初から研究方法の選択肢から外してしまっていた。
しかし、この本はそんなわたしを誘惑するに十分な魅力を振りまいている。シミュレーションの過程で現れる画面がカラフルに示され、思いっきり興味を惹く。「見ているだけでも楽しい」学術書など、そうあるものではない。しかもCD-ROM付きだから、自分のパソコンで追体験までできる。
楽しい画面を見るだけでなく、このCD-ROMのおかげで、シミュレーションの「舞台裏」がしっかりと確認できる。第1章と補章を読んでみると、MASというやつは「シミュレーター」としてイメージしていたものよりも格段に扱いやすそうだ。で、「舞台裏」を確認しつつ本書を読み進んでいくと、「わたしにもできるかも!」となっちゃうのだ。
各章で実践されている個々のシミュレーションも実に興味深い。マルの色が変わることや、赤い点が動くことが、どんな社会的な現象を再現しているか(どんな社会的な現象を再現させるためにマルの色を変えたり、赤い点を動かしているか)が丁寧に解説されていて、同じ現象を「上から(つまり神様の視点で)」見ることの意義がヒシヒシと伝わってくる。しょっぱなに「どろけい」モデルを持ってきているところも作戦なのだろう。まずは(シミュレーション向けに)視点を変えて現象を見つめる、ということが卑近な例で把握できる。
どうやらこの本、ずいぶん売れているらしい。わたしのように、ハマりつつある人々があちこちに出現中ということか。
東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム
助手 岡田晃枝氏
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