シミュレーション初学者である私が本書を入手し、ページを繰りながらコンピュータの前でせっせと練習問題を解いて、一応最後までたどり着いたのがつい3ヶ月ほど前のことである。その私が本書についての短評を書くことになった。と言うわけで、ここでは初学者の視点から自分の体験談に引き付けて述べてみたいと思う。
おそらくシミュレーションの勉強を始めることに二の足を踏ませるのは(私に二の足を踏ませたのは)、@プログラミングを始めとして文系にとって厄介な技能を要求され修得に多大な労力を要する、Aその割に本当に社会科学において有用なツールなのか疑わしい、という二つの懸念だろう。平たく言えば、@難しそう、Aうさんくさい、ということになる。
だが本書に登場するartisocというシミュレータはプログラミング言語の知識を全く必要とせずにモデルが作れてしまう。その上で自由度は非常に高く、本書の説明に従って学習を進めていけば様々なタイプのモデルを作るための技法を一通り学べるようになっている。日本語環境なのも嬉しい。決して敷居は高くないというのが実感である。
それにも関わらず、マルチエージェント・シミュレーションは強力なツールである。何しろ例えば「なぜ民主主義国家間では戦争が生じないのか?」「勢力均衡なのかバンドワゴンなのか?」「ネイションはいかにして形成されるのか?」といったおなじみの(かつ魅力的な)問題を自分のコンピュータの中にある人工社会で検証してみることができるのである。マルチエージェント・シミュレーションによる研究成果は様々なところで目にすることができるが、差し当たりこのHPからダウンロードできるワーキング・ペーパーを見ていただければと思う。
最後に非常に初学者っぽい感想を述べてみると、自分が手塩にかけて作った人工社会でエージェント達が動いてくれる絵を見るのは格別の喜びである(もはや「遊び」の感覚だが)。楽しみながら技法を修得できる、というのが本書の最大の特徴なのではないだろうか。多くの方にこの楽しさを味わってほしいと思う。
東京大学大学院総合文化研究科 博士課程
湯川拓(東南アジア政治)
|