『新しいASEAN』


  大学院のゼミでは、「新」とか「ネオ」とか安易に使うなと言ってきました。(詳しくは、このページの『人間の安全保障』に対する山元菜々さんによる短評を見て下さい。)それなのに、自分で『新しいASEAN』とやってしまいました。「新しい」の意味は副題の「地域共同体とアジアの中心性を目指して」で明示したので許してください。
  実は、10年ほど前に『転換期のASEAN』(編著、日本国際問題研究所)というネーミングも使ったことがあります。アジア通貨危機やら地域規範をめぐる論争やら、ASEAN(とその加盟国)はどこへ向かうのか不透明になった時期でした。そのまた10年前、つまり20年前にも「転換期のASEAN」『海外事情』を書いています。そこでは、冷戦後の世界にASEANが対応しようとして、シンガポール・サミットを開いたことを分析しました。ううむ、安直なタイトル付けだなあ。
  本書の第1章(山影の執筆)の冒頭で、ASEANの沿革を理解する上での時期区分を試みました。1967年に発足したASEANの転機は、76年、92年そして2003年であるというのが私の見立てです。2003年からおそらく2015年までの現下のASEANを、それまでとは違う「新しいASEAN」と安易に呼んでしまったわけです。
  新書の形態ですが、中身は立派な学術論文集です(私の第1章は展望論文なので、これを除いて)そして、今日のASEANについての包括的・全体的な基本情報と分析を提供している唯一の書籍だと自負しています。その割には、あまり読まれていないのが残念だなあ。
 本書の母体は、日本国際問題研究所での2年にわたる研究会です。執筆陣に山影ゼミの出身者がいるが、私の意向ではありません。研究費が出ないかわりに(?)美味しくない弁当が出る研究会に呼んで、若い人たちに余計な負担になりかねない仕事をあまりさせたくありませんでした。(私の外部研究会の見方については、『東アジア地域主義と日本外交』の紹介文を見て下さい。)しかし、すでにASEAN専門家との評価を得ていたために、メンバーに入れさせられてしまったというのが真実です。もっとも、アジア経済研究所の鈴木早苗さんがメンバーだったおかげで、アジ研から研究成果をだしてもらえたのだから結果的には良かったかな。



◆ 短評 ◆

 

 タイトルにもあるごとく「新しいASEAN」を多面的に解説し展望する新書形式の本である。共同体構築への志向の明確化、組織や規範における自己変革、域外世界との関わりの拡大と深化など、とりわけ今世紀に入ってからのASEANは、専門家ならずとも目を向けてしまうような、さまざまな新たな動きを見せ続けている。こうした多岐にわたる展開とその展望について、ベテランから若手まで七人のASEAN研究者が、各人の関心と視角を投影させつつも、全体としてはバランスよく、とても分かりやすくまとめた本になっている。
 さて、評者はASEANについて全くの素人であるが、この本がよいのは、内容自体の分かりやすさもさることながら、ASEANという研究対象のもたらす「わくわく感」が、素人にもよく伝わってくることである。と言っても、地域共同体としてのASEAN、あるいはアジアの中心としてのASEANに対して、特に過大な評価や楽観的な見通しが示されるわけではない。七本の論考はこうした点についていずれも抑制的であるが、変化しつつある「ASEANそのもの」を伝えようとする執筆者たちの分析的な姿勢のなかに、「彼らはまた何か大きいことをやり遂げてくれるかもしれない」といった期待感のようなものが垣間見えるのである。対象が現に持っているダイナミズムがそうさせているのかもしれないし、あるいはこの本が書かれた時期――たとえばASEAN共同体の「発足期限」2015年はまだちょっと先である――も関係しているのかもしれない。いずれにせよ、そのような「旬」な研究対象と対面している執筆者たちに、門外漢の評者は、指をくわえて「ちょっとあやかりたいなあ」と思ってしまうのである。
 最後に、このサイトは山影研究室のサイトであるので、いささか勝手ながら、もう一つ別の「論点」も加えておきたい。それは、山影先生が担当した第一章「ASEANの歩んできた道、これから作る道」に関する話しである。この章の最後のわずか五行ほどで、先生は突如一人称で語りはじめ、瞬時に自身とASEANとの関わりを振り返って、今後への期待の言葉とともに筆を措いている(詳しくは買って読んでください)。評者の完全な妄想でしかないのかもしれないが、それは、さも「今後は陰ながらご活躍をお祈りしております」といったような、研究対象としてのASEANに対する、先生のお別れの言葉にも聞こえてくるのである。台頭著しい若手――たとえば本書後半は山影門下の若手研究者たちが書いている――にあとは委ね、どこか別のフロンティアに向かおうとしているのか。それともASEANというフロンティアとそれに向き合う「わくわく感」はまだまだ尽きそうにないので、ここらでいったん仕切り直しをしようとしているのか。ASEAN研究者としての山影進の今後の動向から目を離せない。


  東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教
                 阪本拓人



◆ 目次 ◆


 まえがき 


 第一章 ASEANの歩んできた道、これから作る道−「新しいASEAN」の浮上− (山影進) 

 第二章 ASEAN政治安全保障共同体に向けて−現況と課題− (菊池努)


 第三章 ASEAN経済共同体に向けて−現況と課題− (助川成也)

 第四章 ASEAN社会文化共同体に向けて−現況と課題− (首藤もと子)


 第五章 「ハブ」としてのASEAN−域外諸国との関係とその変容− (大庭三枝)

 第六章 ASEANにおける組織改革−憲章発効後の課題− (鈴木早苗)

 第七章 ASEANにおける規範−論争から変容へ− (湯川 拓)





山影進(編)『新しいASEAN−地域共同体とアジアの中心性を目指して−』(アジア経済研究所)

2012222日更新


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