『南部アジア』


  南部アジアという変わったタイトルは、この本がおそらく最初なのではないでしょうか。南アジアと東南アジアの国々をシャッフルして、エイヤーッとばらまいてみました。
  もともとは『南・東南アジア』となる企画でした。第1部南アジア(広瀬崇子編)、第2部東南アジア(山影進編)というわけです。しかしこれでは芸がなさすぎます。そこで、広瀬先生と相談して、まとめて『南方アジア』というタイトルにすることにしました。ところが外務省に「南部アジア部」なるものができて、扱う地理的範囲が本書と同じなので、借用することにした次第です。外務省の次の組織改革でなくなったりすると困りますが(笑)。
  このような次第ですから、この本の企画は数年前に立てられたものです。ところが、原稿が集まったとたん、原因不詳の理由で企画がフリーズしてしまいました。それが昨年になって解凍されて、ようやく日の目を見ました。
 南アジア諸国と東南アジア諸国とまとめてどうするの?と突っ込まれそうですね。外務省が2つの地域をまとめた理由は、私の個人的な推測によれば、アジア大洋州局の局長が中国を含む北東アジアの諸問題(だいたい分かりますよね)に実質的に専念せざるを得ない状況になって、残りのアジアを面倒見てくれる次長級のポストを作った、というあたりでしょうか。われわれがこの本でまとめた理由は・・・・・現物を手に取って(できたら買って)読んでみて下さい。



◆ 短評 ◆

 

 本書は、世界政治叢書シリーズの第七巻にあたる。「世界政治」というシリーズにふさわしく、分離主義や民主化、エスニック政治、地域制度といった世界各国(特に途上国)の国内・国際政治分析に共通する六つの課題を提示して、豊富な事例を紹介している。地域機構の意思決定に興味を持ち、現在はASEANを事例にしている私にとっては、本書のこうした構成に全く違和感はない(当初のいい加減な動機とは裏腹に、ASEANとの付き合いは長くなりつつあるのだが)。
 しかし一方で、特定の地域(たとえば、東南アジア)をタイトルにした文献のなかには、分析軸を設定せず、各国の事情を紹介したものが多いのも事実である。この点で本書の構成には、『南部アジア』の国内・国際政治の特徴をつかむためには、分析の軸をもつ必要があるとのメッセージが込められている。もちろん、提示された課題そのものに興味がある者にとっても面白く読める。各章は、非常にコンパクトにまとめられているので是非一読されたい。
 豊富な事例にふれると、いくつも仮説が作れそうな気がする。山影先生からは「毎日、十個ぐらい仮説を作ってみなさい」といわれていたが、たいていの場合、朝ひらめいた仮説は、夕方には崩れる(壊れる)あるいは修正を余儀なくされる。しかし、このトレーニングを続けることが、優れた論文を書くことにつながっていく。本書はこのトレーニングにも役立ちそうだ。
 こうした本書の魅力は、世界政治叢書シリーズのなかでアジアを扱ったほかの巻(中国・台湾、日本・韓国)では得られないだろう。それがまさに、中国・台湾および日本・韓国以外の「残りのアジア」を扱った本書の「残りものには福がある(はしがきより)」所以である。当初『南アジア・東南アジア』の編集を依頼された山影先生・広瀬先生が、『南部アジア』というタイトルにしたのには理由があるが(はしがきと序章を参照)、『南アジア・東南アジア』という括り方が古臭いと主張しているわけではない。その証拠に本書では、六つの課題ごとに、南アジアと東南アジアからそれぞれ少なくとも一事例(国あるいは地域制度)が選ばれている。あえて複数の地域概念を登場させた本書は、常に変化する政治現象に寄り添いながら柔軟な思考をめぐらせることが必要であることを教えてくれる。


  アジア経済研究所
                 鈴木早苗



◆ 目次 ◆


 序章 南部アジア政治試論 (山影進)


 第T部 分離の苦痛と自決の渇望
 第1章 アチェ・パプア−民主化後の特別自治と分離主義の挟間 (首藤もと子) 
 第2章 カシミール問題とインド・パキスタン関係−領域支配・レファレンダム・自治 (伊豆山真理)


 第U部 エスニック政治を越えて
 第3章 スリランカ−民族紛争と多元的視点の探究 (田中雅一)
 第4章 マレーシア・シンガポール−グローバル化に揺れる多民族国家(金子芳樹)


 第V部 国民のアイデンティティとイスラーム
 第5章 インドネシア−民主化時代のイスラーム政治 (本名純)
 第6章 フィリピン−マイノリティ・ムスリムの政治統合問題 (川島緑)
 第7章 パキスタン−国民のアイデンティティとイスラームの挑戦 (広瀬崇子)


 第W部 社会の「開放」と「民主化」の行方
 第8章 ネパール・ブータン−孤立から開放へ/苦難の民主化 (井上恭子)
 第9章 ビルマ(ミャンマー)・カンボジア−分断社会における国民統合と民主主義 (武田康裕)


 第X部 飛躍の契機と山積する課題
 第10章 タイ−民主化と作用反作用 (玉田芳史)
 第11章 インド−グローバル化への対応と民主主義の強化 (広瀬崇子)
 第12章 ベトナム−グローバル化の中のドイモイ (五島文雄)


 第Y部 南部アジアの地域制度構築
 第13章 アジア地域主義における南部アジア−東南アジアからの視点− (大庭三枝)
 第14章 地域協力のカギを握るインド−SAARC、環インド洋、BIMSTEC (伊藤融)
 第15章 アメリカによる地域秩序の模索−超大国の光と影 (星野俊也)


資料編



山影進・広瀬崇子(編)『南部アジア』(ミネルヴァ書房)

2011728日更新


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